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Sunday, September 2, 2012

クレヨン



















交差点で、赤信号を見る人。青信号を見る人。
同じ方向に歩いて行っても、歩幅はばらばらです。

数週間前、日系ブラジル人かと聞かれました。
確かにギリシャで日焼けをして帰ってきたわたしは、そう見えなくもありません。
初対面でしたが、ちょっと面白い質問だなと和みました。

この一ヶ月の間、母が訪ねて来ていたので、色々な街に出掛けました。
フランスとドイツの2カ国、6都市です。

フランス、ディジョンの駅のプラットホームで、心温まる出会いがありました。
スイス人の初老の男性が私たちに日本語で話しかけて来たのです。
驚きつつ、私たち3人はささやかな会話を楽しみました。
日本に住んで長い彼は、お別れの挨拶として最後に横浜土産のおかきを下さいました。
旅の中盤に差し掛かり、ヨーロッパの食べ物に少し疲れ始めていた私と母は、ドイツに向かう列車の中で、それを美味しくいただいたのでした。

ドレスデンにいた、ある日の事です。
その日は気温が高く、太陽がジリジリと暑い日でした。
日傘をさす母を見て、2人のドイツ人が言いました。
「見ろよ。雨なんて降ってないのに、傘さしてる奴がいる。馬鹿じゃねーの。」
ドイツ語だったのですが、ドイツ語を勉強している甲斐もあり、私には全てがはっきりとわかりました。
失礼だと怒りがこみ上げるのと同時に、ただ悲しかったです。
ここはあのドイツだというのに。
勿論、こういう事はどこの国でも起こりえます。
日本でも、少なからずあるでしょう。
しかし、暗い過去を持つ国だからこそ学べる事もたくさんある筈です。

ひとつの言語がわかるようになるというのは、面白くもあり、難しくもあると個人的には思います。
時々、その影の部分にただ疲れてしまう事もあります。

母との旅行中、色々な事がありました。
人々との出会い、楽しい出来事やちょっと困ってしまう事。
変わったお料理に出会ったり、歴史を覗いたり、音楽に触れたり。

目に見えない壁がまだまだあるこの世界ですが、それを越えて旅をする事もできます。
扉を開けたまま耳を澄ませば、小さな音も聞き逃さずにすむかもしれません。




写真、
左:マイセン(工房内)
右:ケルン

Monday, July 9, 2012

地面







太陽が出ていると、公園で寝そべりたくなったりします。
雨の匂いが何も間違っていない事を思い出させてくれたりします。
歩き続けて、忘れ続けて、探し続けて。

最近またベーグル作りを始めました。
同じ材料を使っても、日によって微妙に違うものが出来上がったりします。
少しの試行錯誤と時間が必要ですがゆっくりわかっていけると思います。

毎日誰かがとても大切な色に気付かせてくれます。

今日はドイツ人とポーランド人とイタリア人と食卓を囲みました。
明日は韓国人とコロンビア人とイスラエル人とバングラディシュ人とルーマニア人と同じ時間を過ごします。

そして、日々は続いて行きます。
また一歳、年をとりました。


写真、
左 : モンサンミシェル(フランス)
右 : コング(アイルランド)

Sunday, June 10, 2012

長い夜








最近また引っ越しをしたわたしですが、ベルリンに来てからの11ヶ月間で既に3回も引っ越しをしているという事に気付きました。
ちょっと日本では考えられませんよね。自分でもびっくり。
ベルリンは若者に人気の街かつ、たくさんのアーティストの集まる街のようで、なかなか部屋探しも大変なのです。
そして滞在期間は未確定なわたしは家具類一式を全て揃えるわけにもいかず、又貸しの部屋を転々としたりで、早くも11ヶ月が過ぎようとしています。
今までベルリンの4つの地区に住んでみたわたしですが、どれもそれぞれ違った雰囲気と魅力があってそれらを知れたとても良い期間になりました。
最初の1ヶ月を中心のミッテで過ごし、その後3ヶ月をプレンツラウアーベルグ、6ヶ月をノイケルン、そして今はフリードリヒシュハインという所に住んでいます。

何が何だかわからない方が多いと思うので、興味があったら見てみてください。
ちょっとベルリンの事がわかると思います。
http://www.japan.visitberlin.de/



ベルリンに来ようと決めた時、憧れだったヨーロッパらしい大きいドアのある家、そして綺麗な彫刻の施された壁や天井のある家に住みたいと思っていました。
ベルリンは建物がとてもカラフルで、東ドイツ時代に建てられたものや古くから残っているものまで様々です。
そして、ベルリンの特徴と言われているグラフィティアートの数々もお散歩の楽しみでもあります。



ベルリンは今までわたしが住んでいた所とちょっと違っていて、最初に来た時には少し戸惑いました。
道にはたくさんの空き瓶、割れた瓶やゴミが散乱し、昼間から酔っぱらった人々を見るのも稀ではありません。
どこへ行っても、そういう光景を見る度に「ここは危険だ!」と思ったり、「怖いな」と思ったので、一番初めの家探しはちょっと大変でした。
でも、今はこれがベルリンの魅力のひとつでもあると思っています。


各地区のお店やレストラン、公園。人々の雰囲気。
全部がとても素敵に思えます。
そして今までに住んだ、3カ所の部屋。
時々、その部屋の窓から見えた景色が恋しくなりますが。

ベルリン生活。
始まった当初は色々不安もありましたが、まだまだやめられそうにありません。
まさに、住めば都。
皆さんも自分の街を楽しんでいますか?



写真、
上:ベルリン
下:ベルリン

Sunday, May 27, 2012

一通の手紙、かくれんぼ
















伝えたいメッセージ。
心の中にしまっておきたいメッセージ。
そして知らない間に受け取っているメッセージ。

「手紙を書いた。君ならきっとわかってくれると思ったから。」

わたしたちはたいてい言葉を使って何かを伝え合います。
言葉はある程度必須だけど、でもそれが唯一の方法ではない事を皆が知っていると思います。
家族や仲のいい友達とは雰囲気や空気だけでもわかりあえたりしますよね。

ひとつの笑顔やハグが言葉よりも何かを語ることもあります。
言葉がすべてではない事、わたしはずっとそれを知っているつもりでした。
でも本当の意味でそれに気付いたのは、たぶん旅をし始めてからだと思います。
異文化に触れる事は、時にとても大きな刺激です。

わたしは話すのが上手ではないし、小さな言葉の壁をいつも感じています。
ひとつひとつの単語を丁寧に選んで、ひとに伝えるのは楽しいけれど大変だったりします。
単語ひとつにも、そのひと特有のイメージや概念が隠れていて、かたちがなく繊細で。
また逆に、わたしはひととひとの間の沈黙も素敵なものだと思います。
無音の中では、もっと上手に真っ直ぐに表現できたり。
何にも包まれていない、本当の姿を垣間見れたり。

初めてモロッコのマラケシュに行った時、ある女の子に出会いました。
わたしは公園でひとりお昼ご飯を食べていました。
その子はわたしに近づいて来て、にこっと笑いかけてくれました。
丸くしっとりとした小さな腕。わたしも笑顔を返しました。
そしてお父さんが女の子を探しに来ました。
彼はわたしを家に招待してくれ、ひびの入った小さなコップに入った生温いコーラをくれました。あの時の嬉しさは忘れられません。
フランス語もアラビア語も喋れないわたしと、英語がわからないお父さん。
僅かに交わした言葉の中で、女の子のお母さんが亡くなった事を知りました。
時々女の子は空に向かって「ママ」と呟いていました。
彼女の肌は柔らかく、暖かく、お父さんといる時の幸せそうな笑顔は形容し難く美しいものでした。

一年後、わたしは再度マラケシュを訪れましたが、その親子には会えませんでした。
たくさんの言葉もなく、当然抱き合ったりもしませんでしたが、お父さんの日に焼けてごつごつした手と彼女の時に物悲しげな笑顔はわたしにたくさんの事を語ってくれました。

誰かや何かのある一面を除き見る事は、痛みを伴う事でもあったりします。
その痛みは自分のエゴなのかもしれません。

わたしたちは見たり、感じたりする事ができます。
しかし同時に、わたしたちは見て見ぬふりをしたり、大切な事に気付けなかったり、目に見えるものに拘ったりしてしまいがちです。
そして時々わたしは自分を恥じます。



夜空に浮かぶ無数の星の光。ほっとさせられます。
わたしがただのちっぽけな存在だという事を確認させてくれるからです。
だからわたしはまた「それ」を探し続けます。



写真、
左:ベルリン
右:オウリカ渓谷(モロッコ)

Friday, May 18, 2012

もやもや、ラブ






恋に落ちないようにするのは、大変です。
その対象は誰かだったり、本だったり映画だったり、一目惚れした靴だったり。

かたちのない恋や愛。それはどことなく霧のようなものではないかと思います。
甘く優しいものであったり、重く苦しかったり。
そのどちらも素敵な感情で、わたしたちにとって何らかのかたちで必要なもの。

映画を観たり、本を読んだり。
わたしはこれも一種の旅なのではないかと思います。
一度観た事のある映画も、読んだ事のある本も時間を経て観たり、違う誰かと観たりするとまた全然違ったものに思えたり。
誰かの視点を知って向き合うと、様々なものが色を変えて見えたり。

きのうの夜、「Once」という映画を観ました。
邦題があまり好きではないので割愛させていただきます。)
わたしがこの映画を観るのは2回目なのですが、初めて観た時はボーイフレンドと一緒でした。
でも今回はひとりで。
前回も良い映画だと思ったのですが、どことなくもやーっとした部分が後味にあって、わたしの中に何だかよくわからない焦燥感のようなものが生まれました。
ところが、きのうはこれが自然のかたちだな、と穏やかな気持ちになれました。
世の中には本当に色々な、愛が溢れています。

わたしが変わったのか、時間が何かを変えたのか。
また、すべてが変わったのか。でも、実は何も変わってないのかもしれません。

これがその映画、「Once」観た事のない方は是非。

わたしは映画はひとりで観たい派なのですが、皆さんはどうですか?
繊細な内容の映画や考えさせられる映画は、とくにひとりが良いです。
とはいえ、他のひとの感想や意見を聞くのは、単純に興味深いので好きです。

何かを簡単に忘れてしまったり、その忘れた何かも誰かの中で存在し続けたり。
刻みつけられた何かを覚えていたり、小さな切欠で思い出したり。

結構気に入った映画や、興味深いものは何回も観たり読んだりしがちなのですが、有名な「スタンドバイミー」もわたしの中ではその中のひとつです。
たぶん10回くらい既に観た事があると思うのですが、歳を重ねていく度に感じる切なさが増していく気がします。
そして、どこか矛盾した部分に納得できるようになっていったり。

最近、女友達のひとりが観た事がないと言っていたので少し驚きました。
わたしも読みたいのにまだ読めてない本や観たいのに観ていない映画がたくさんあります。
そんな彼女の一言を聞いて、しばらくまたばたばたで離れていた読書をまた再開しました。

もし、まだ観た事がない方がいたら。大人のための映画だと思わされます。

わたしの好きな本と映画を紹介するので、気が向いたらチェックしてみて下さい。

日本人として読むからか、とても興味深かったです。日本語版もあるのでしょうか?
A Concise Chinese-English Dictionary for Lovers
by Xiaolu Guo (英語)


この世でいちばん美しい愛の手紙、フランス文学好きな方は是非。
by Madeleine Chapsal(フランス語)

原作がいちばんだと思います。

そして夭逝した彼の作品たち、

ぼくを葬る --- "le temps qui reste"

バッファロー '66 --- Buffalo '66,

コンサート Le concert,


数年前、サハラ砂漠に恋をしました。
そして赦された気がしました。

歳を重ねる度に、弱くなって、狡くなって。
だから赦してくれる何かを探し続けているのだと思います。
何かを失って、そしてまた見つけて。



























写真、
右上: エボラ(スペイン)
左上: フライブルグ(ドイツ)
左下: サハラ砂漠(モロッコ)
右下: サハラ砂漠のサンドフィッシュ(モロッコ)

Thursday, May 17, 2012

和食 vs 洋食








英語版を書いていたときはお昼ご飯間近でしたが、日本語版を書いている今は丁度夜ご飯を終えた時間です。
食べ物。
料理をするのは、とても楽しいです。
美味しいレストランやお気に入りのお店を探すのもとても楽しいですよね。

日本の食べ物は世界中の色々な食べ物を見てみても、独特な部分があるように思います。
日本では一般的な認識として、和食と洋食がありますよね。
そして東南アジアや韓国、中国などの食べ物もすっかり生活にとけ込んでいるように思います。

現在わたしの暮らすドイツでもそうですが、やはりアジアの食材を買うにはアジアのスーパーに行かなくてはならないという不便な点があるのが海外生活の現状です。
先週は海外生活で初めて納豆を購入してみました。
日本では見たことのない商品でしたが、4パックで3.2ユーロと物価の安いベルリンでは結構な高級感のある買い物になってしまいました。
しかし、背に腹はかえられません。と自分に言い聞かせます。

それはそうと世界三大料理と言われるフランス料理、中華料理、トルコ料理。
中国料理を除いては、どれも実際その国に行ってある程度試した事がありますが、旅の醍醐味のひとつはその国や地域の食べ物事情にもあると思います。
トルコではヨーグルトやオリーブ、羊肉のお料理がとても美味しかったのを覚えています。
そして、フランスではバゲットやペストリー、様々なお菓子に目を奪われます。
バターや乳製品の味もどこがどうとはうまく説明できないのですが、美味しいです。
家族や友達とみんなで食べるご飯は勿論、好きな食べ物はひとりで食べても十分楽しめますよね。

ここ数年で、すごく「日本食」が世界中に広まったと思われます。
数年前には見かけなかった街にも、お寿司屋さんができたり、お箸を使える外国人が増えていたり。
よく海外で見かけるお店の中には、寿司+タイ料理だったり、寿司+ベトナム料理だったり兎に角何でも寿司とミックスされがちです。
最近ハンガリー人の友達に寿司は日本だけの食べ物じゃなかったんだねと言われました(苦笑)

でもそんな寿司好きの彼らの中には驚くべき偏見を持っている人が多くいます。
日本人が寿司を毎日のように食べていると思っていたり、外国の食べ物が日本にはないと思っていたり。
わたしは見た目や味も含め、外国で食べる「日本食」が好きではありません。
お寿司は新鮮さや、ネタの切り方などにもちょっと気になってしまう点がありますし、何よりも怪しい巻き寿司が多過ぎます。(好きな方、すみません...)
神経質すぎるのかもしれませんが、外国人がお醤油をお皿に並々を注いで、その中にお寿司をどっぷり浸して食べているのを見ただけで、何か複雑に気分になってしまいます。

お寿司だけが日本の食べ物ではない、という事で海外暮らし中の楽しみのひとつ、ホームパーティでわたしは今まで何回がお寿司以外の日本食も紹介してきました。
オーストラリアでは、お好み焼きやお蕎麦、うどん。
そして今回ベルリンでは餃子パーティを開きました。
前回も友達と餃子パーティを開いたのですが、今回は準備も献立考案も全部ひとりで頑張ってみました。
アジア食材をはるばる買いに行ったり、3回も買い物に行ったりと大変でした。
でもその分、皆が喜んでくれたのがとても楽しかったです。

日本食を外国人用に準備する時には、気をつけないといけない事が幾つかあります。
それは宗教の問題だったり、考え方だったりしますが、所謂ベジタリアンや卵や乳製品を一切口にしないビーガンもたくさんいたり、普段日本食で当たり前のように使っている鰹や煮干しなど、そして宗教によっては豚がだめだったりするので、日本では頻繁に食卓に出て来る豚肉にも注意をしないといけなかったりします。
でもそういう人にも日本食を知って欲しいので、昆布や椎茸で出汁をとったり、ゼラチンの代わりに寒天を使ったりして工夫します。
日本の食べ物を見慣れない外国人が、ちょっと気後れしてしまうひじき煮や餡も出してみました。
初めて口にするものに対する感想を聞いたり反応を見るのも楽しいですが、何より皆が食べ物を楽しんで笑顔になってくれるのが一番嬉しく有り難い事です。


参考までに、今回の餃子パーティのメニューを紹介します。
餃子(野菜餃子、豚肉入り餃子)
金平コールラビ(こちらの牛蒡はちょっと水分が多いのでコールラビを代用)
オクラのねばねば大根サラダ
かぶの浅漬け
きゅうりの酢の物
なすの変わり焼き3種(ねぎ味噌、ピリ辛じゃがいも、大根おろし)
ミニおにぎり(手作りかぶの葉のごまふりかけ入り)
青梗菜炒め
緑茶ゼリーと粒あん




残念な事に外国ではよくフィッシュ&チップスのように新鮮なお魚も分厚い衣をつけて揚げられがちです。
でもこの間、ベルリンで久しぶりに美味しい焼き魚を食べる機会がありました。(ドイツ語)

今まで色々な国と地域を旅してきましたが、あまり現地の食べ物の写真を撮っていなかった事に気付きました。
これを書くにあたって、食べ物の写真を探し回りやっと少し見つけました。後悔。
先月日本に帰った時には、ベルリンの友達のためにご飯の写真を撮る事を日課にしていたのですが。
今度からもう少しだけ、旅中の食べ物を写真で残していこうと思います。


でもやっぱり、美味しい料理に欠かせないのは愛情なんですかね。
食の国、イタリアでも日本と同じように、「男心を掴むには、胃袋を掴め」という意味の言葉があるようです。
大変勉強になりますね。はい。




この場を借りて、わたしが日本で好きなお店を何軒かご紹介。
日本はやっぱり美味しいです。


沖縄食堂やんばる
http://r.gnavi.co.jp/p653700/


中目黒にあるカラカッタ(インドカレー)
http://r.tabelog.com/tokyo/A1317/A131701/13003165/


わたしのラーメンの原点のひとつ元気一杯
http://www.whistle-miyoshi.co.jp/genki/


最近一番のお気に入りサプナ(インドカレー)
http://sapna.web.fc2.com/


中目黒の蔵(イタリアン)
http://www.kura-jp.com/


ハワイ発のクアアイナ(ハンバーガー)
http://www.kua-aina.com/


友達とよく行くお寿司屋さん
http://www.tamasushi.co.jp/



写真、
左上: 自作キャラ弁、エヴァンゲリオンの綾波さん(日本)
右上: 宮崎の郷土料理(宮崎空港内の夢かぐら
中央: サラダを食べた後。食べ物で遊んでいるわけではありませんのであしからず(日本)
左中央: 毎日幸せだった豪華な賄いご飯 (バンクーバー)
右下: なかなかいけた郷土料理(ストラスブルグ)
下中央: モロッコ料理の定番タジン(マラケシュ)


Tuesday, May 15, 2012

トライアングル






---さくっ (ひらがな/airy)---




---咳とチョコ (漢字/cough and chocolate)---




---ナチュラルハイ (カタカナ/natural high)---




わたしは日本語が好きです。
とても繊細な言葉なので喋るのは苦手なのですが、日本語の面白さは読み書きにもあるのではないかと思います。


数日前に日本食パーティを開きました。
友達の何人かが日本語を勉強した事があったり、現在進行形で勉強している子がいたので自然と「外国人から見る日本語」の話題になりました。
日本語を勉強する事がどれだけ長く厳しい道のりかを淡々と語る皆。
そして友達の一人がある事について聞いてきました。

「それぞれ漢字、平仮名、片仮名で同じ単語が書いてあっても、その単語から受ける印象が変わるって本当?どういう風に違って感じるの?」

実際「日本語」についてよく知っている人は、日本に行った事がある人や特別に興味があったり、勉強した事がある人に限られています。
日本語が3種類の文字を使う事もわたしの経験からは、知らない人がたくさんいるように思えます。
時々、それを知った人が「なぜ3種類も必要なの?」と理解できないといった感じで質問してきます。
他所の言語は、大体1つのアルファベットで成り立っているわけですからそう思われるのも不思議じゃないのかもしれませんが。
わたしたち日本人にとっては、その質問の方に考えさせられてしまいますよね。
うーん。なぜと言われても... ちょっと一言では答えにくい質問です。
理由も歴史的背景も文法的な事もあると思われるので、今回はこの話は抜きにして...

でもここでちょっとだけ普段使っている日本語の事を知るのも大切な事かもしれません。

ひらがなやカタカナに比べて、比較的に漢字の認知度は世界的にも高いかと思われます。
少なくとも、おおまかなイメージは持っていてくれていると思います。
実際、漢字に魅了されている外国人もたくさんいて、よく漢字でタトゥーをしている人も見かけますし、名前を無理矢理当て字の漢字で書いてと頼まれたり... まあ善し悪しは別にして様々です。
悲しいのは、折角タトゥーをしたのに漢字が微妙に間違っていたり、明らかにおかしい漢字が使われていたりする事ですよね。
時々笑いそうになったり、写真を撮りたい衝動に駆られますがそうもいきません。
難しいです。

では話を戻して。
すごく個人的なのですが、わたしがそれぞれの文字に持つイメージを挙げてみたいと思います。
皆さんはどうですか?同意できたり、全く違ったりするかもしれません。
色々な人の持つイメージを近々聞いてみたいなと思います。
思いつきで書いていってみようと思います。

ひらがな--- 暖かい、柔軟、優しい、風情、血が通っている、香りがある
カタカナ--- 鮮明、メタリック、無機質、モダン、芸術的、どことなくぎこちない、刺激的
漢字-------- 繊細、脆い、豊か、形式ばっている、誠実、土台

無意識か意識的かはわかりませんが、写真展をした時や映像を作った時は、よく自分の名前をカタカナで書いていました。
でも自分の漢字の名前も好きです。
わたしは文字を使い分けるだけで、その言葉から受ける印象がすごく変わると思うのですが、皆さんはどうですか?
そして、わたしは自分なりに昔からこの面白さを楽しんで来たつもりです。
例えば、ほたる・ホタル・蛍や、さくら・サクラ・桜。

わたしは撮った写真に名前をつける時に、ぱっと浮かんで来た言葉を当てはめます。
それはひらがなだったり、カタカナだったり、漢字だったり。
英語を喋るようになってから、アルファベットもよく使うようになりました。
そういう時に浮かんで来るアルファベットの単語は、私の中で日本語よりももうちょっと音や憂鬱さを含むようなイメージです。

アイスクリーム屋さんでその日の気分に合わせてフレーバーを選ぶみたいに言葉遊びをもっと楽しめたらなと思います。
皆さんは楽しんでいますか?



    ---surrounded--- 


                                                   
写真、
さくっ:モロッコ
咳とチョコ:フライブルグ
ナチュラルハイ:たぶんクロアチア
surrounded:ベルリン